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ならまち散策…その七

ならまち散策もその七まで綴ってまいりました。
その七をもちまして最終話になります。
ならまちを背に、奈良公園の方を向いてのんびりと歩きました。
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堂々と建つ『興福寺』五重塔が猿沢池のほとりより観ることができます。
そこに立つと、あまりにも風景が当たり前のように見えて、歴史が醸し出す雰囲気というものを感じずにはいられません。
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猿沢池もまた、柳の木を池の周囲にめぐらせ、ここは昔からずっと猿沢池でしたという雰囲気を醸し出しています。
アオサギが水面の木上で休憩しているのでしょうか…アオサギも風景の一つになっています。
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ならまちをのんびりと散策し、その散策も終わりに近づいた頃「少しおなかが空いたね…」と息子が言います。奈良公園に向かってしばらく歩きますと和洋御菓子司『とらや』さんがありました。
猿沢池の東より少し南に下がったところ、ならまちからでしたら猿沢池に向かって北に歩きますと和洋御菓子司『とらや』さんがあります。
ならまち散策の締めくくりは和菓子をいただきました。
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店内に入りますと、そこにはとても愛らしい形をした和菓子が並んでいます。
赤い実の成る南天をモチーフにした「雪南天」、五穀豊穣の祈りをこめた「豊作」、歴史を重ねた風格のある松をイメージした「老松」、年が明けるといっせいにその可憐な花を咲かせる水仙をモチーフにした「水仙」など、一つ一つ丁寧に製造された和菓子が並んでいます。
私たちがならまちを散策したのがクリスマスシーズンということで「とらや」さんも特別にクリスマスをイメージした和菓子もつくられていました。
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息子はクリスマスをイメージした、きんとん粒餡の「クリスマスツリー」を、私は薄皮白餡の「冬ごもり」をお店の中でいただきました。
どちらのお菓子もほんのりと甘く、美味しいお茶をいただきながら和菓子を楽しませていただきました。
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中学校では茶道部に入っている娘へのお土産を買い求め、お店の方としばし歓談した後に、お店を後にしました。
猿沢池のほとりをのんびりと歩き、『采女神社』を通り過ぎ、三条通に戻ってきました。
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JA奈良のアンテナショップで全員80歳台というおばあちゃんが販売されている『月ヶ瀬村』特産の蒟蒻をいただきました。
あまりの熱さに私も息子もビックリ!
その姿をみておばあちゃんたちは微笑んでいます。
とても優しい表情で息子の姿を見るおばあちゃんに心癒されました。
おばあちゃんたちはこの日1日だけのお仕事だそうです。夕方には月ヶ瀬村に戻り、翌日は違うおばあちゃんが来られて販売されるのだそうです。

午後5時を過ぎ、周囲も少し薄暗くなってきました。
この日は午後6時より奈良県文化会館国際ホールにて第九コンサートが催されました。
ならまち散策の余韻にひたりながら、第九コンサートを息子と二人楽しみました。

ならまち散策はこれにて…
by yasunori1113 | 2008-12-30 07:28 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

ならまち散策…その六

『ならまち 格子の家』から少し東に歩き、十輪院町にあります『十輪院』へ参りました。
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十輪院は元正天皇の勅願寺にして元興寺の子院です。国宝の本堂の中には、石で造られた仏龕(ぶつがん)(重要文化財)があります。「地蔵菩薩立像」「釈迦如来立像」「弥勒菩薩立像」でが彫られ、厨子も一体となっています。
本道とお庭のバランスがとても美しく、訪れる方の心を和ませてくれます。
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『十輪院』の外壁には「なーむくん」のポスターが貼られています。
「よくお参りくださいました」と書かれたポスターがはられています。
キャラクター騒動がおこっていますが、本来この奈良で大切にしなければならない心や物事は他にあるのではないかということをあらためて感じました。
『十輪院』を出て西に向かいしばらく歩きました。『くるま座』の角を北に向いて歩きます。
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しばらく歩きますと、『元興寺』があります。
『元興寺』は6世紀の末頃、蘇我馬子によって開かれた法興寺(飛鳥寺)でしたが、平城京遷都に伴い今の地に移転され、『元興寺』と改められたそうです。
かつては南都七大寺の一つとして威勢を振い、現在の奈良市街の南東部を占めていたそうです。
広大な寺域には、金堂・講堂・塔・僧房などが立ち並んでたそうですが、平安時代半ばには、その勢威も衰えてしまったそうです。
現在では僧坊の一画が唯一存在しています。極楽坊はかつての『元興寺』僧坊の一部で、鎌倉時代に極楽堂(国宝)と禅室(国宝)に改築されたそうです。
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『元興寺』は庶民の信仰を多く集め、境内から無数の石仏や民俗資料が発見されています。
収蔵庫には奈良時代の木造五重小塔(国宝)木造阿弥陀如来坐像・智光曼陀羅図・庶民信仰資料(全て重要文化財)などが多数保存されています。
『元興寺』を出て北に向かい歩きました。
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交差点で信号待ちをしていますと、商店の向こうに『興福寺』五重塔が観えています。
ならまち散策もそろそろ終わりに近づきました…

続きはその七にて…
by yasunori1113 | 2008-12-29 23:15 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

ならまち散策…その五

ならまち振興館』から藤原豊成と中将姫ゆかりの『高林寺』を過ぎ、「上街道(上ツ道)」を北に向かいのんびりと歩き続けました。
『高林寺』をすぎると『ならまち 格子の家』があります。
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『ならまち 格子の家』は、ならまちの伝統的な町屋の建て方である、間口が狭く奥行きのある家屋を再現しています。
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ならまちの町屋は
主屋(三室が一列・通り庭・つし二階)、中庭、離れ、蔵で構成されています。
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玄関を入ってすぐの「みせの間」から「中の間」に向かって撮影しました。
「中の間」に「箱階段」をみることができます。下は物入れに、そして上部は二階へ上がる階段を兼ねていて、狭い空間を無駄なく利用しようとする昔の人たちの知恵が見受けられます。
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「離れ」から「中庭」に向いて撮影しています。
「中庭」の先には「奥の間」、「中の間」、「みせの間」が一列に並んでいます。
そして、一番奥には「格子」がみえます。その先に道の明かりが差し込んでいます。
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「中の間」の「箱階段」をあがり二階に上がります。
「つし(厨子)二階」とは、二階の天井が通常より低い町屋の様式のことを言います。
近世後期頃にその様式は完成したといわれ、明治の後期頃まで一般的に建築されていました。
本格的な二階は町人が武士を見下ろしてはいけないという禁制のため、なかなか建築されなかったようです。
従って、町屋の古いものは二階の低い「つし二階」で、新しいものは二階の高い「本二階」になったようです。
高さを抑えた「つし二階」は主に物置き部屋として利用されていました。
つし二階の窓は虫籠(むしこ)窓が一般的です。
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『ならまち格子の家』のおむかえにあります国指定の重要文化財『藤岡家住宅』です。
藤岡家は江戸時代に建てられた町屋で建築後約300年ほど経っているそうです。
もともとは鬢付油(びんつけあぶら)やおはぐろなどの小物を扱っていたそうです。
今の化粧品屋さんのようなお店だったようです。

ならまち格子の家を後にし、少しだけ南に戻り東を向いて歩きました。
そして東に一本お隣の筋を北に向いて再び歩きました。
しばらく歩くと、西の角に『くるま座』があります。東に少し歩くと『金躰寺』『法徳寺』『十輪院』があります。
そのうちの一つ、『十輪院』へ入りました。

続きはその六にて…
by yasunori1113 | 2008-12-28 11:21 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

ならまち散策…その四

瓦堂町から井上町に入り交番のある角を左に折れ、北に向かい歩きました。
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角を曲がってすぐのところに『ならまち振興館』があります。
『ならまち振興館』はならまちの振興を目的とした施設です。
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玄関を上がると大きな庚申さんの身代わり申がおでむかえです。
ならまちには庚申堂があります。庚申の信仰が地域の方の心の礎になっているようです。
身代わり申は奈良町の家々の軒先にぶら下がっています。
身代わり申は「庚申さん」のお使いの申を型どったお守りで、魔除けを願い、家の中に災難が入ってこないようにするために吊るしているということです。
災いを代わりに受けてくれることから「身代り申」とよばれています。
また、背中に願い事を書いて吊るすと、願い事が叶うといわれ「願い申」ともいわれています。
今は5つでワンセットのように軒先にぶら下がっているのですが、本来そこの家の家族の数だけぶら下げたそうです。
そして、軒先ではなく、玄関を入ったところにぶら下げていたということです。
『ならまち振興館』はならまちの振興が主たる目的の施設です。観光客の方は雰囲気をのんびりと感じてもらうためのものであって、決してわくわくするような楽しみのある施設ではありませんが、ボランティアの方にならまちのお話を聞かれてから、ならまちの散策をしますと、ならまちの散策が何倍も楽しくなることでしょう。
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ならまち振興館の玄関はいつまでもそこでいたくなるような、たいへん居心地の良い玄関です。
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『ならまち振興館』から少し北に向かって歩きますと『高林寺』があります。
『高林寺』は藤原豊成(とよなり)と中将姫の坐像を安置し、本堂横に在る直径2.5mの円墳は豊成の墓といわれています。
『高林寺』も中将姫修道霊場で現在は尼寺です。元は高御門にあったそうですが、平重衡の南都焼き討ちで焼失し、1534年(天文3年)に現在の場所に再興され、1810年頃(文化年間)寿保尼を迎え中興初代と仰いでいます。
門前を南北に延びる道は「上街道(上ツ道)」で、昔は初瀬詣でや、伊勢参りの人々たいへん賑わっていたそうですが、昭和36年に奈良市と桜井市を南北に結ぶ県道が出来てから後は、現在のように穏やかに時間が過ぎるような道になったそうです。
『高林寺』は毎年4月13日が中将法如尼御忌会式を催されるそうです。

続きはその五にて…
by yasunori1113 | 2008-12-24 22:20 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

ならまち散策…その三

『鎮宅霊符神社』のある緩やかな坂道をのんびりと登りきり、高御門町の角を曲がり、南に向かって歩きました。
ここからほんの少しの間に多くの寺院をみることができます。
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その多くの寺院のうちの一つ、鳴川町にあります『徳融寺』です。
『徳融寺』は奈良時代の高官、右大臣藤原朝臣豊成とその娘中将姫の旧蹟で、南都七大寺のひとつ元興寺の塔頭で、1544(天文13)年、興善法印の建立とされています。
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この『徳融寺』にこのように鳴川町のいわれが書かれていました。
蛙の鳴き声があまりにもうるさいので、僧が神呪を唱えたところ蛙が鳴くのをやめたということです。
そして、不鳴川(なかずがわ)と言われるようになったのですが、何時の間にか逆に鳴川と呼ぶようになったということです。
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『徳融寺』のおむかえが『誕生寺』です。中将姫が生まれた藤原豊成の屋敷が在ったということで『誕生寺』とよばれ、中将姫に因んだ霊地ゆえ現在も尼寺として信仰されています。
中将姫自作の本尊「中将姫法如尼坐像」を安置しています。
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『誕生寺』から少しだけ南へ歩くと『称念寺』です。
1168年(仁安2年)に重源上人が宋から帰朝して開山し、元は『築地院』といわれていたのですが、鎌倉時代に『称念寺』に改められ、後に浄土宗へ改宗され現在にいたるそうです。
阿弥陀如来立像を安置する本堂は奈良市指定文化財です。

そして、少し歩きますとバス道があります。そのバス道を東に向かい瓦堂町から井上町に入りその道を北に向かい歩きました。

続きはその四にて…
by yasunori1113 | 2008-12-23 22:28 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

ならまち散策…その二

三条通りを西に少しだけ進み、小西さくら通りを北に少し歩きました。
小西さくら通りにある宝くじ売り場は、ここ数年当たりが出ているとテレビで紹介されていたので見学に…
大きな看板に1等がこの売り場から出ましたと書かれていました。
お客さんもそこそこ来られているようです。
私と息子はその宝くじ売り場の隣の薬局で息子の整髪量(ジェル)を購入しました。
最近ちょっぴりですが、おしゃれにも気を使うようになって来てくれたので嬉しいです。
やっぱり、男の子は優しくて、清潔でおしゃれで、そして、出来ることなら勉強とスポーツもできればいうことないですね!
整髪量を購入後、小西さくら通りを南に向かって歩きました。
三条通りを通り過ぎると、急に町並みが変わってきます。
賑やかだったそれまでとは違い、町屋が見られるようになってきます。
東に椿井小学校を見ながら通り過ぎ、南城戸町から陰陽町に向かう緩やかな坂道を発見。
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それまで平地だった道が、ここだけ緩やかな坂道になっているのです。
迷わずこちらに向かって歩きました。
両脇には人家が並んでいます。その一角に小さな神社を見ることができました。
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鎮宅霊符神社』です。地元の方々が、細々と大切に信仰されているのを窺うことの出来る神社でした。
坂道を登りきり、高御門町の角を曲がり、南に向かって歩きました。
この辻には大変多くの寺院があり、今も粛々と信仰されています。

続きはその三にて…
by yasunori1113 | 2008-12-16 23:20 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

ならまち散策…その一

12月13日土曜日、中学1年生の息子と二人でならまちを散策しました。
ならまちとは奈良市の中心部、猿沢の池から南側に広がる、元興寺の旧境内を中心にしたところをそうよびます。
江戸末期から明治にかけて栄えた町屋や寺社がいまだ数多く残り、当時の風情を現代に残しているエリアであります。
息子と久しぶりに旅に出た気分になりました…。
たくさんの写真を撮りましたので、思い出を振り返りながら、もう一度この場において散策してみたいと思います…。
奈良県庁横の駐車場に車を停めて出発です。
奈良公園に沿って国道369号線をのんびりと西に向かって歩きました。
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奈良県庁を越え、その隣にあるのが奈良県文化会館です。
12月13日は奈良県文化会館国際ホールにて第九コンサートが催されました。
実は18時00分に開催された第九コンサートも今回奈良に来た目的の一つでした。
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奈良県文化会館の隣が平成18年1月に出来たばかりの奈良地方裁判所です。
土曜日ということもあり、執務はされていないようでした。
そして、奈良地方裁判所を過ぎると奈良県中小企業会館/奈良県商工観光館です。
ここには奈良県の伝統的な工芸品や佛頭、特産品が展示・販売されていました。
ここは息子がまだ小さかった頃に来たことがあり、ゆっくりと展示をみて、何か買ったのをうっすらと覚えていました。
そして、横断歩道を渡り東向商店街の中をまっすぐ入りました。
ここは近鉄電車『奈良』駅を降りてすぐに入口があり、奈良では一番賑やかなエリアに入って行く玄関口になります。
通りの左右には多くの土産物店や飲食店が軒を並べ、道行く人たちは視線をお店にやりながらみな楽しそうに歩いています。
そして、猿沢の池から西に伸びる三条通りを西に向かって歩きました。
そして、ここから南に下がり、ならまち散策が始まります…。

続きはその二にて…
by yasunori1113 | 2008-12-15 21:47 | ☆ おさんぽと旅 | Trackback | Comments(0)

毎日同じようなことの繰り返しかもしれません。 辛いこと、楽しいこと、大切な想い出を振り返ること… 人は想い出を作り続けるために生きているとずっと思い続けています。 だから、微笑み、喜び、泣き、落ち込む。 それは、次の想い出のためだと信じています。


by メイちゃんとふうちゃんとはなちゃんとりんちゃん
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